my very precious days ーHIROSUE TOMOKO

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聖地イスラエル3

 イスラエルに行った私の最大の目的は、やはり2000年前、イエス・キリストの歩かれた道をたどり、心の中で対話すること。Pilgrimage(巡礼)です。
 今回はツアーだったので、日本の同じクリスチャンの方々15名ほどと一緒で、お二人の神父様も同行してくださり行く先々の歴史ある教会で私たちだけのプライベートな日本語のミサに与ることができました。
 
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 上の写真は、キリストの一番弟子、ローマカトリックの礎を築いた聖ペトロの家があったとされるところの上に建つ教会。ガリラヤ湖のほとりにあり、中央のガラス板の下に、その家の跡が見えるようになっています。私が好きな「主は水辺に立った」という聖歌にもあるように、漁師だったペトロが船を置き捨てて、キリストに従い、御言葉の漁に出たことは有名ですが、ガイドさんの説明によると、一説にはペトロの家は比較的裕福な網元で大きな家に住んでいたようです。
 同行してくださった神父さまはオランダ出身のルカ神父さまと、カタロニア出身のヤマス神父さま。ルカ神父さまは背も180cmととても大きく、なんと御歳80歳とはとても思えないお元気さ。ヤマス神父さまもお歌がとても上手な優しい方でした。
 次の写真は、キリストが受難に遭われる前、最後の晩餐の時に、ペトロに向かって「言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、3度わたしを知らないと言うだろう」と言われ、結局、その通りになったペトロが激しく泣いたことにちなんで建てられた「鶏鳴教会」の野外で行われたミサ。エルサレムの旧市街地を見下ろしながら御聖体をいただいていることに申し訳ないような、でももうこういうことはもう2度と経験できないだろうと思い、特別な恵みにあずかっていることの有り難みをしみじみと感じました。
 
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 巡礼のハイライトは、やはり、キリストが十字架を背負って歩いた道、ヴィア・ドロローサを歩いたことでしょう。ポンティオ・ピラトの官邸でバラバに代わって死刑となることとなり、ゴルゴタの丘まで何度もよろめき、倒れながら、人々の罵声が飛び交う中を、十字架を背負って歩き続けたイエス。その全長約1キロの道のりを全世界から来たキリスト教徒たちが祈りを捧げながら歩きます。「イエスがむち打たれた場所」「ベロニカが布で顔の血をぬぐった場所」などのポイントは、最後の、イエスの遺体が埋葬された聖墳墓教会(もっともイエスは復活されたので、そこに遺体はありません)まで14留あり、そのうちの幾つかは遠藤周作も指摘しているように本当の場所ではないでしょうが、今も2000年前も曲がりくねった細い細い古い石畳の道だったことは間違いないでしょう。私たちは声に出して祈りながら歩くことはできませんでしたが、それぞれに、心の中で祈っていたと思います。
 
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 3枚目の写真はヴィア・ドロローサの中ではありませんが、キリストが最後の晩餐の後、ゲッセマネの園に最期の血の汗が滴るような祈りをしに下りて行かれ、そしてそこでユダの裏切りにあってユダヤ教の律法学者たちの手に引き渡されて、また上の神殿にまで連れて行かれた時に通った石畳の坂道。ガイドさんによると、この道だけは2000年前のもので間違いないということでした。
 私たちの今回の巡礼は、障害のある方もおられ、バリアフリーなどという言葉とは縁遠い狭くて急な石畳の街をなんとか全員で巡礼できるよう、みんなで力を合わせて2台の車いすをロープでつなげて上がったり、下りたりしました。そのシーンには、他の国々の巡礼者の方たちも驚き、でもすぐに感心して見てくれているようでした。最後まで無事に日程を終えるよう神様も見守ってくれているのを感じました。
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by hirotomo0301 | 2011-11-17 08:40

21年間続けた一地方紙の記者の仕事から足を洗い、2カ月半の世界13カ国周遊1人旅から帰ってはや半年。過去の日々を振り返りつつ、次の一歩を模索していきます。


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