my very precious days ーHIROSUE TOMOKO

hirotomo26.exblog.jp ブログトップ

日帰りでオランダへ

 ここベルギーのルーベンでとてもお世話になっているJos Bastiaensen神父さまの運転で、ルーベンから高速道路に乗り、ドイツに近いオランダ北部のpanningenという田舎町まで日帰りで行ってきました。今の季節、ヨーロッパの朝は7時だとまだまだ暗く、8時頃にやっと夜が開けてきます。
a0230008_4211674.jpg

 朝靄が立ちこめる中を太陽が徐々に上っていくのを見ながら、緑の平原の中を颯爽と走り抜けていく車。樫の木や、こちらでは木靴を作るのに使われるカナダという木々が一直線に植えられ、牛や馬が穏やかに草を食んでいる風景はベルギーもオランダもさほど変わりはありませんが、朝陽を浴びた景色はそれらを一層幻想的に見せてくれました。1時間ほど走って、オランダとの国境を通過。ヨーロッパでは高知から高松へ行くよりも近い距離でお隣の国に行けるのを実感しました。
a0230008_423138.jpg

 さて、この日の目的は、Jos神父様の従兄で、神父様とはAdriaanという洗礼名も同じ、普段みんなから「Jos」という名前で呼ばれているのも同じというラザリスト会所属の神父様がご帰天され、そのお葬式のミサにお供させてもらうことでした。私がベルギーに来て以来、本当に親切にしてくださり、いつでもたくさんの心に残るお話を聞かせてくださるJos神父様は、7年前ベルギーに帰るまで、日本で約40年宣教に力を尽くされた方ですが、お亡くなりになったJos神父さまは、その一回り上の84歳で50年の長きにわたり、コスタリカやグアテマラといった中南米で宣教活動に身を捧げられた方。年下のJos神父さまにとっては、日本と中南米と離れていても、帰郷するたびに会い、神について、宣教について語り合った、とても尊敬できる親しい従兄だったそうです。
a0230008_437116.jpg

 御ミサは神父さまの所属するラザリスト会のお御堂で行われ、たくさんの方々がお別れに来ていました。亡くなられたのは1週間ほど前のようでしたが、葬儀は少しでも多くの人が集まれるこの日まで待っていたよう。こちらでは、日本のように亡くなってすぐにしなければならない、ということはないようです。また、日本なら出棺の前には参列者が1人ずつ柩に献花をしにいく場面があると思いますが、こちらではそういう習慣はないようでした。私とJos神父さまは少し早い時間に着いたので、ミサの前に、柩の中のお顔を拝見することができました。私は生前、何のご縁もなかった方なのに、こうしてお葬式の場に立ち会うことができたことに不思議な神様のお導きを感じ、「長い間本当にお疲れさまでした‥」と心の中でお話しました。1927 年の9月4日生まれの神父様なので、デルちゃんとも1カ月ぐらいの歳の差しかない方です。今年の3月にデルちゃんと最後のお別れをした時のことも思い出しました。
a0230008_4481283.jpg

 葬儀の後は、みんなで墓地に埋葬へ。ベルギーでは火葬が多くなってきているようですが、ここでは土葬。お祈りを捧げた後、機械で柩を土の中へ下ろし、参列者の一人一人がお水と土をすくって掛け、生涯を宣教に捧げた神父様は安らかな眠りにつかれました。
a0230008_453422.jpg

 この墓地には中南米やアジアやアフリカなどさまざまな国に宣教に赴き、最後は故郷で亡くなられた神父樣方が多く眠っておられます。本当にベルギーやオランダにはそういう方が多いのだなあと思って、Jos神父様にきくと、なんと1960年頃の最盛期にはベルギーだけで3万人の宣教師がいたそう。その方たちが今、みんな高齢になって、デルちゃんやシモンズ神父さまや、この日お墓に入られたJos神父さまら、次々と天国に帰っていっています。彼らが戦後の現代において、どんな思いで宣教師となり、派遣されたそれぞれの国で人々にどんな影響を残し、どんな思いで生涯を終えていったのか、伝えていきたいと考えながら、この日、オランダを後にしました。
a0230008_503756.jpg
人気ブログランキングへ
[PR]
by hirotomo0301 | 2011-11-20 05:08

21年間続けた一地方紙の記者の仕事から足を洗い、2カ月半の世界13カ国周遊1人旅から帰ってはや半年。過去の日々を振り返りつつ、次の一歩を模索していきます。


by hirotomo0301
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite