my very precious days ーHIROSUE TOMOKO

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ありがとう‥‥池川自然学園 __特別投稿

 
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 ブログを辞める!と宣言して2カ月ぐらい?? あれから、このページを開けることはめったになく、本当に辞める決意は変わらないんですが、今回は特別にどうしてもブログとしてきちんと残し、広く読んでもらい、記憶にとどめてもらいたいことがあったのでアップすることにしました。
 ブログは辞めても、フェイスブックはやっていて、この件もフェイスブックに載せたところ、反響も多く、そんなところがあったなんて今まで知らなかった、いつかその場所に行ってみたい、といったコメントもたくさん寄せられたので、fbをやってない方でもたどりつけるよう、やっぱりブログにも載せておこうと思った次第です(内容はほぼfbと同じですが、その点はどうぞご容赦ください)。
 
 上の写真の場所は‥‥。高知県仁淀川町の池川自然学園。そう、きょう、わたしが書き残しておきたいと思ったのは、この20年間というもの、高知の山中にひっそりとあったこの学園の営みについて、です。
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 こんなにもいいところ、人を優しく包みこんでくれる場所だったんだーー。そうあらためて感じ、それがなくなってしまうなんて、生きづらい子どもたちがいっぱいいる今の社会にとって、なんて大きな損失だろう、と大げさでなく思いました。
 仁淀ブルーの上流、茶畑と森林に囲まれた旧池川町の山里で、全国から不登校などで悩む子どもを受け入れ、心身ともに元気になってもらおうと、職員が寮生活をともにしながら過ごす学園。平成4年度に開校してから今まで、300人近くの子どもたちが、旧池川町の地域全体のみなさんに温かく受け入れてもらい、都会の学校には行けなかった子が、地元の池川中学校には楽しく通い、いろんな悩み苦しみを乗り越えてきました。
 その学園が、「経営難などで存続が危ぶまれている。なんとかならないものか。とわらをもすがる思いでお願いに来た」という卒業生の1人に会ったのは3年ほど前、わたしがまだ新聞社に勤めていたとき。でも、結局、なんの役にも立てなかったーー。学園はとうとう閉園が決まったと聞き、申し訳ないような気持ちでした。先月届いたのは、その最後の卒園生を送り出す卒園式と閉園式の招待状。行くかどうか迷ったけれど、やはり、学園の最期を見届けたい、という思いで出席することに。それがきょう(3月16日)。わたしにとってはちょうど2年ぶりの学園でした。
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 国道439号線(有名な与作)から山側に入り、大きな古い缶に「→学園」と書かれた手づくりの道案内を頼りに行くと、やがて、山沿いの道端に、黄色い水仙とちょっと早い山桜が咲き誇り、春を実感。式にはこれまで学園とかかわってきた方たちがたくさんたくさん、訪れていました。
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 最後の卒園生は女の子1人と男の子2人。式では最初に、学園の立ち上げ時からかかわり、最後の学園長を務めた宇賀孝敏先生が、式辞として、卒園生一人一人に贈る言葉、閉園に至らなければならなかった苦しい胸の内を訥々と語られました。が、きっと、この20年間のさまざまな思いを語り尽くすことはできなかったでしょう。まさに学園の子どもたちのために生活のほとんどを捧げてきた先生。ほんとに穏やかで優しく、でも教育に対しては誰よりも熱い志を持った方です。私はずっとカメラを構えていたけれど、先生はついに最後まで下を向かれたままでした。一度も顔を上げることがなかったその姿に、くやしさが感じられるとともに謙虚なお人柄が表れているように感じました。
 
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 「平成25年3月31日。あなたは山村留学を終えたことをここに証します」
 そんな卒園証書をもらった3人の卒園生。「最初は寂しくて泣く夜もあったけど、そんなときは先生が一緒に寝てくれた」「ここに来て初めて川遊びをし、神楽もやった。普通の中学生になれました。こんな僕をたて直してくれてありがとう」「数え切れないほど助けてくれた学校の先生、友人、家族、地域のみなさま、本当にありがとうございました」。1人1人が大勢の前で、自分の言葉でしっかりと感謝の思いを伝えたのにもびっくりしました。
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 式の途中では、この20年間の学園の思い出のスライドショーも。仁淀川で歓声を挙げる子ども達のたくましい笑顔や、育てていた山羊と楽しく触れ合う姿などが次々に映し出されました。大自然の中でのここでしかできない体験が彼らの心に明るさを取り戻したのだなあと思いました。
 
 卒園生が1人ずつなら、保護者の謝辞も1人ずつ。
 「妹は見知らぬところでやっていけるのか不安だったけれど、たくさんの自然と温かい人たちに囲まれて、ほんとに強くたくましくなったと思う。手紙が来るたびに成長を感じて安心した」
 「家で引きこもっていたころのことを思うと、目頭が熱くなる。ここで地に足をつけた生活を送ることで、子どもは肩の力を抜き、素の自分と向き合えたと思う。親子共々支えていただき、大きな器で進むべき道を示してもらった」
 「初めて池川中の先生と話したとき、こんなにもどうしようもなく悩んでいる子どもと親の、同じ目線に下りてきて、同じ立ち位置で話をしっかりと聞いてくれる。こんな先生もおるんや!とびっくりした。ここでなら息子も変われるかもしれない、と思った。それまでは学校に対して不信感しかなかったのが自分自身ここで変わった。あんなに荒れていた息子が、家に帰るたび、家族へのふとした態度が優しくなり、感謝の言葉が聞けだした。おい、ほんまに、ここへ来て良かったなあ」
 壇上から息子に語り掛けるお父さんには、みんなもらい泣きしていました。そのお父さんは、下書きも何もなく、その場で思いついたことを、会場のみんなに向かって、そして誰よりも息子さんに向かって、身を乗り出すようにして語っておられました。
 「ここまで長かったなあ。ここに来るまで、俺、おまえは一体どうなることかと思いよったんやで。母さんも随分泣かせたよなあ。こんな学園に通えたおまえがお父さんは羨ましい」と‥‥。
 
 それを聞いていて、うちの娘も最初、不登校になったとき、池川自然学園というところもあるよ、と市教委の方に勧めていただいたことがあるけど、あのとき連れていってあげたら良かったかも‥‥とも思いました。本当にああいう場所こそ、今の社会に必要だと思います。

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 式の終わりには全員で「ふるさと」を合唱。3番の歌詞は
 「志を果たして いつの日にか帰らん 山は青きいけがわ 水は清きいけがわ」
でした。
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 フィナーレはやっぱり紙吹雪!!3人の卒園生と宇賀園長に道を開けながら、みんなが泣きながら、紙吹雪をいっぱいいっぱい飛ばしました。
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 最後には大きなくす玉も割れ、卒園生は紙吹雪まみれに。3人ともそれぞれに進路も決まっているようで、これからも学園で学んだことを一生の宝に大きく羽ばたいていってほしい、と心の底から思いました。そして、疲れたときは、いつでも池川に戻ってきてくださいね。
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 さようなら。池川自然学園。ずっと子どもたちと寝食をともにして来た宇賀園長をはじめ職員の皆さん、本当に長い間お疲れさまでした。たくさんの子どもたちに希望と自信を与えていただき、本当にありがとうございました。また会える日がくることを心から願っています。人気ブログランキングへ ←今日みたいな感じでまた必要に迫られたらアップすることがあるかもしれないので、良かったら一応、押しといてください^^
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by hirotomo0301 | 2013-03-18 23:14

21年間続けた一地方紙の記者の仕事から足を洗い、2カ月半の世界13カ国周遊1人旅から帰ってはや半年。過去の日々を振り返りつつ、次の一歩を模索していきます。


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