my very precious days ーHIROSUE TOMOKO

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旧き良きオランダ

 オランダと言えば、チューリップに風車‥。オランダ探訪最終日は、その風車をオランダでいちばん多く見られるというkinderdijkという場所まで足を延ばして来ました。
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 ここはパノラマ写真で撮りたいところ。1740年ごろに造られた風車が19基残っているオランダでも特別な地域なのです。辺りは緑の牧草地と豊かな水をたたえる運河。風車のすぐそばに行くことはできませんでしたが、川向こうに風車を見ながら遊歩道がずっと続いていて、雲一つない青空の下、てくてくと散歩を楽しみました。「地球の歩き方」には、「ここは食べ物持参で行った方がいいだろう」と書いていましたが、ほんとにそう。私もそうしたかったのですが、バスの時間が前もって分からなかったので間に合わず、ベンチで風車を眺めながらサンドイッチみたいなことは残念ながらかないませんでした。 
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 川辺には風車を前にのんびりと釣り糸を垂れている人や、ボートを漕いでいる人も。犬を走らせたり、サイクリングしたり。こんなに見事に風車が保存されているオランダでも珍しい場所なのに、観光地化されておらず、お土産屋さんやカフェなどもほとんどなく、ただひたすら運河沿いに道が続いているのです。私も高知に残してきた愛犬ジュピターを連れて来て泳いだり、走らせたりしてやりたいなあとちょっぴりホームシック?な気分にもなりました。
 
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 それにしてものどかな風景。「地球の歩き方」によると、19世紀、風車が最も活躍した時期にはオランダ全土で約9000もの風車があったのが、現在では全部で950基に減っているそう。それも、19世紀後半に蒸気機関の発明で風車が姿を消し始めたのを受け、国民の間で保存を求める声が高まり、風車保存協会ができてなんとかこれだけの数が残ったのだそうです。
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 そして、オランダはどこに行っても鳥が多いなあ‥と思っていたのですが(きれいな公園や普通のバス停に野生の鶏がいてコケコケいっているのはちょっと気持ち悪くていただけませんでしたが‥)、ここの運河には水鳥がいっぱい。なんとすぐ近くに白鳥もいて、よほど餌の魚が豊富なのか、水の中に首を突っ込んでは何やら食べていました。灰色混じりのは、みにくいアヒルの子で、これから真っ白い白鳥になるのでしょうか?
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 ほんとにこの辺りはこーんなに鳥がいるんです。ほかにも周りは牧草地で羊や牛や馬もいました。運河を取り囲むように並ぶ家々は、どの家にも船着き場があって、レジャー用なのか生活手段なのか今でもボートを利用しているようでした。
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 2時間近く約15キロは歩いたでしょうか。今日もかなりいい運動になりました。私の旅も余すところ1カ月となり、きっともうオランダに来ることはないでしょう。余裕があれば、アムステルダムや、北の端の方にあるクロウニンゲン(ほんとはグロウニンゲンらしい)にもやっぱり行くべき?と思ったのですが‥。
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 気が付けば夕暮れ間近。何度も振り返って旧き良きオランダの風景を目に焼き付け、住み慣れた?ベルギーのルーベンまで帰りました。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2011-11-29 07:23

ぶらりロッテルダム

 
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 オランダはもう春?! 
 いやいや、まだまだこれからが冬本番です。でも、すっごい綺麗ですよね! オランダ第2の都市、ロッテルダムの路上の花屋さんの花々です。こんなに寒いのに、ちゃんとチューリップも咲いていました。
 今朝はオランダ南部の突端の方にある小さな街、ミデルブルグでたった一つのカトリック教会を探して日曜日の御ミサに与り力を得ました。でも、ミデルブルグの街は日曜はどの店もお休みということでとても寂しく、2時間くらい汽車で戻ってドルトレヒトへ。こちらで出会う人に「毎日違うところに泊まってるの?」とびっくりされることもありますが、この1週間はその通り。午後4時ごろ、ドルトレヒトの駅前の小さな49ユーロの都会的なプチホテルに無事、チェックアウトして身軽になったのをいいことに、「どうせならロッテルダムに行こう」と繰り出しました。汽車の中で気づいたのですが、ドルトレヒトーロッテルダム間はたった一駅なんです。
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 駅を出ると、さすがロッテルダムは大都会! ニューヨークや東京並みの高層ビルが林立しています。しばらく歩いていくと、またまた「地球の歩き方」によると、「世界初の歩行者天国」というラインバーン商店街に。「日本のように一時的に車を閉め出すのでなく、設計の段階から車道をなくしてしまった」そうで、どんな街だろうと期待して行ったのですが‥。
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 私としてはちょっとがっかり? そんなに個性的な街並には思えませんでした。商店街で言えば、オランダならブレダや昨日行った港町ZIERIKZEEの小さな路地にもちょっと洒落たお店が立ち並ぶ素敵な通りがいっぱいあって、そっちの方が好きかな‥と。ベルギーでも、ブリュッセルより、ルーベンやメッヘレンの方が好きだし、日本でも、東京、大阪より、高知の方が好き‥という私は、単なる田舎者でしょうか。
 
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 そして、ロッテルダムと言えば、港。観光用でしょうか。古い船や灯台があって、趣きがありました。そのすぐ前の広場には、ナチスによる爆撃で徹底的に破壊されたロッテルダムを象徴しているという「心臓を失った男」の像が天を仰いでいました。
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 さらに、目指して歩いたのは、オランダならでは?の変なマンションとして名高いらしい「キューブハウス」!
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 これです。ほんとに変ですよね。隣の建物も変で、オランダ人の建築感覚には唖然とさせられます。
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 一体、中でどんなふうに暮らしているのか、見たい人のために2.4ユーロで一室が公開されているのですが、こんな感じでした。
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 居間に書斎、寝室が急な階段でつながっていて、のんびりゆったりとはいかないような‥。住まれている方には申し訳ないですけど、あんまり住みたいとは思えませんでした。家賃は幾らなんでしょうか??
 最後に、これも「地球の歩き方」に載っていたオランダでは珍しいニンニク料理専門店で気持ち悪くなるくらいニンニク料理を食べてしまい、またさんざん歩いて駅へ。もうすっかり夜。商店街にはちょっぴり変な色とりどりの提灯?が怪しく光り、最初に見た高層ビルは、イルミネーションが星のまたたきのようにさざめいていました(写真では分かりにくいですね)。
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 明日はオランダ小旅行最終日。夜には住み慣れた?街、ベルギーのルーベンへ帰ります。
  p.s‥‥昨日のブログで、オランダの家には「X」のような飾りがあって何だろう、家紋かなあ???と書いたのですが、それについて、ジョス神父さまが早速、正解を教えてくださいました。「実はあれは家の外側の壁と中側の壁を強く結ぶ鉄で、離れないようにと。つまり家の建て方に必要なもの。またオランダとベルギーの一番違うことは、家に関してですが、ベルギーでは設計がまったく自由です。オランダでは、場所によって、場所に応じて、設計が自由ではなく、あらゆるルールがある」そうです。また一つ豆知識が増えました。ジョス神父様、ありがとうございます。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2011-11-28 06:26

港街Zierikzeeへ

 「地球の歩き方」にちょっと遠出するだけでオランダらしいはね橋や風車が見られる街として、小ちゃな欄に載っていたZierikzeeという港町に、BredaからMiddelburgに汽車で行く途中、Goesという駅で途中下車し、バスに揺られて行ってきました。街中を抜けると、平原が続き、そして海‥。本には「オランダでいちばん長い橋を通る」と書いてありましたが、海を渡る橋だったのですね。
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 バス停で下りるとなんにもないところでしばし呆然。しかし、気を取り直して、駅にコインロッカーがなかったので持っていくしかなかった巨大スーツケースを引きずりながら何かありそうな方向に向かって運河沿いに歩いて行きました。
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 すると、「これかぁ」と跳ね橋を発見。中世の城門みたいな建物を挟んで大きいのと小さいのがありました。夜須にあるやつの方が大きいかなあ。
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 そして、この門を抜けると、ここからがZierikzee(本にはジリクゼーと書いてありましたが、その発音で言うと、バスの運転手のおばさんに違うと笑われました)の街の始まり始まり‥。
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スーツケースにはきつい石畳の道にベルギーの家とはまた少し微妙に形の違う(こちらの方が少し単純?)オランダの小さな家がびっしりと軒を並べ、本にも書いてあるように、ベルギーとは違ってどの家もかわいい飾り窓なんかがあって、当たり前ですが、こんなに近い隣国でもやっぱり全然違うのを実感しました。
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 いちばん違うと思うのは、オランダの多くの家の壁にはみんな×みたいな飾り?がいっぱい付いていること。家によって少し形が違うようなので、家紋みたいなもんでしょうか??
 さて、風車は?と見回すと、遠くの方にそれらしきものが。やっと近くまで行くと、風車ってあらためてこんなに大きいんだ‥と感じ入りました。なかなか全貌が写真に撮れないくらいです。
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 とにもかくにもスーツケースを引きずってでも来たかいはあったーー。そう思って、港街Zierikzeeを後にしました。
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by hirotomo0301 | 2011-11-27 05:43

オランダの小都会 Breda

 ベルギーのturnhoutから、Baarle-Nassau-Hertogを経由し、オランダ南部の街、Breda(ブレダ)までバスで1時間半ほどでやって来ました。Baarleまではベルギーのバスで3ユーロ、そこからBredaまではオランダのバスで同じく3ユーロ。鉄道よりも安く、人々が住む通り沿いを走るので、ベルギーからオランダへと変わってゆく風景を眺めながら、こちらの人になったような気分で移動を楽しめました。
 ブレダの街はもっと小さいのかと思っていたのですが、ブレダ駅は人でごった返すとても大きな駅(写真は撮りそびれましたが)。道沿いに歩いていくと、運河があり、ニューヨークのセントラルパークのような(ってこの前も行かずじまいで行ったことありませんが‥)美しい公園があり、水鳥が羽ばたく湖畔でくつろぐ人々の日常が見えました。
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 やっぱり、ベルギーと違ってオランダ。ベルギーでは目にしなかったような建物もあります。銅像の雰囲気も少し違うし。3つ並んだゴミ箱がとても可愛いですよね。
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 街の中央にそびえ立つ聖堂「聖母教会」は、プロテスタントの教会。「聖母」という名は付いていますが、プロテスタントの教会だけに、中にはキリスト像もマリア像も何もなく、静かな祈りの空間が広がっていました。
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 そして、「地球の歩き方」にもそんなことは書いていなかったのでちょっと意外に思ったのですが、ここブレダはとってもおしゃれなファッションの街のよう。ベルギーやフランスはもちろん、ヨーロッパのどんな小さな街にもあるZARAやDIDIやH&Mといった店ももちろんありましたが、オランダならではの個性的な服を売っているお店がずらり並んでいて、ついつい目がいってしまう私でした。また、オランダ、ベルギーのファッション事情についても余裕がある時にお伝えしますね。
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by hirotomo0301 | 2011-11-26 15:00

「BとNL」が混在

 
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「BとNL」って何でしょう。そう、BはBelgium(ベルギー)の、NLは、Netherlands(オランダ)の頭文字です。その2つの国の国境が一つじゃなくて、街中のいたるところにあるという世界的にも珍しい街、Baarle(バールレ)に行ってきました。ベルギーからするとBaarleーHertog(ヘルトホ)、オランダからするとBaarleーNassau(ナッソー)という名前のようです。
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 人口は合わせて9000人くらいのほんとに小さな街なのですが、これまた「地球の歩き方」によると、中世12世紀ごろからの戦争や権力闘争の結果が現代にまで引き継がれ、このような特殊な街のありようが当たり前になって根付いてしまったようなのです。このため、町長も2人いるそうで、役所も銀行も郵便局も教会も、ぜんぶ2つに分かれています。私はどこがそれなのか見つけることができませんでしたが、一つの店の中でもベルギーとオランダに分かれていたりするようです。
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 でもそこは街も、この状態をちゃっかり観光の売り物にしているようで。ツーリストインフォメーションのある場所はオランダで、受付のおばさんは「私はネーデルランドよ」とオランダをアピール。郵便配達のおじさんは、「僕はベルジァン。配るのはベルギーの家だけ」と誇らしげに言っていました。
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街中はミッフィーちゃんの大きな看板があったりと、やっぱりベルギーよりもオランダ色が濃い感じかな。街灯には、オランダ語でSinterKlaasと書くらしい、変な顔のサンタクロースの袋が至る所に吊り下げてあって、ベルギーとはまた違ったクリスマスの雰囲気を醸し出していました。
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もうしばらく、オランダ南部の小旅行を続けます。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2011-11-26 05:33

赤煉瓦の映える街

 今日は、メッヘレンから50分ほど汽車に乗ってTURNHOUTというまたもや小さな街にやって来ました。「地球の歩き方」にも載っていない、日本人の観光客など年に1人も来ないだろう街ですが、この街のイエズス会の中・高等学校で、デルちゃんは故郷コルトレイクを離れて寮生活を続け、神父になるための第一歩?として勉強をしていたことが、本に書かれてありました。そのため、私にとって、ぜひとも訪れてみたい街の一つだったのです。
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 このところのベルギーは曇天続き。今にも雨が降りそうで、でも降らないでくれていますが、この街の印象は、そんなブルーグレーの空にも赤煉瓦の建物がしっくりとなじんでいること。ベルギーではブルージュなどほかの街でも赤煉瓦の街並みがよく見られますが、ここは特に多いように感じました。デルちゃんが通った学校はどこにあるのか、今はもうなくなっているのか分かりませんが、インフォメーションのおじさんに今ある学校の場所を聞いていくつかを駆け足で見てきました。ごくごく普通の学校のようなところが多かったですが‥。でも70年ぐらい前にデルちゃんがこの街で勉強をしたり、サッカーをしたり、青春を謳歌していたことは確か。今、もしこのブログを見てくれたら、「懐かしい〜」と言うでしょう。
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 すっかり深い秋色に色づいた街。昨日は初めて、家の玄関にクリスマスリースを飾り付けているところも見ました。教会の中でも、いろんな国の聖母子像や、ベツレヘムの馬小屋の展覧会?をやっているところがあって、いよいよクリスマスが近づいてきたなーと街を歩きながら、実感しました。
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 それにしても、いろんなマリア様、いろんな馬小屋があるものですね。金髪でおさげのマリア様は初めてみました。
 ほんとにもうすぐクリスマス。気候もとても寒くなりました。でも、まだturnhoutの街ではあちこちであじさいの花が咲いているのも驚きでした。
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by hirotomo0301 | 2011-11-25 04:15

歴史とメルヘンの街

 今日はルーベンから汽車で40分くらいの小さな街、メッヘレンというところに来ています。地球の歩き方によると人口約8万人ほどの街ですが、歴史は8世紀まで遡り、16世紀にはネーデルラント(現在のオランダとベルギー)の首都としてヨーロッパの政治、文化、芸術の中心として栄えたところのようです。
 街を歩いていると、そうした歴史を感じさせる古い建物がさりげなく街並に溶け込んでいました。
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 下の写真は市庁舎のよう。中をのぞくと、市職員の方々が日本と同じく忙しそうに働いていました。そして、街の中心で偉容をはなっているのはやっぱり教会。高い鐘楼がそびえ立つ聖ロンバウツ大聖堂です。
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その中は、お祈りするのも忘れてしまうほど荘厳。すごすぎてどこから見たらいいのやら。とりあえず、大きなステンドグラスがとてもきれいだったのでカメラに収めました。
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 ほかにもこの街は(この街も?)歩くほどに、やっぱり、教会だらけ。地図を見ても至るところに教会のマークがあり、そのどれもが由緒ある教会のようで、どこでお祈りすればよいのか困ってしまう私でした。
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 工事中で入れない教会も多かったですが、有名なルーベンスの絵がおしげもなく何枚も飾られている教会もありました。
 そのほか、かつてネーデルラントの首都だっただけに、宮殿跡も幾つかあり、今は銀行などとして使われているようでした。
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 でもやっぱり私がメッヘレンをいちばん気に入ったのはその古くて可愛い街並み。こちらはどこの街も、家と家がすきまなくぴったりとくっついているのですが、メッヘレンは昔のままの建物が多いので、それが特にメルヘンチックに見えます。メッヘレンという響きも可愛いし。とても好きな街の一つになりました。
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by hirotomo0301 | 2011-11-24 02:08

デルちゃんのお兄さん

 今年3月31日に亡くなったデルちゃん(ザビエル・デルポート、土佐義和神父様)のお兄さんがルーベンのすぐ近くの修道院に元気でいらっしゃることが分かり、こちらでお世話になっているジョス神父さまと一緒に会いに行ってきました。
 お兄さんはアントン・デルポートさんで、イエズス会の神父様。デルポート家の9人兄妹のいちばん上で1923年9月2日生まれの88歳。1943年にイエズス会に入られてからインドでずっと宣教され、2年前にベルギーに帰って来られたそうです。ということは、66 年もの間、インドにおられたということ。その間、デルちゃんは3回ほどインドまで会いに行き、お兄さんも一度高知に来られたことがあるそうです。ベルギーに来るまで、お兄さんはとてもご高齢ということもあり、お会いしてお話できるほどお元気だとは思ってもみなかったので、本当に嬉しい面会でした。
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 最初、現れたときは、お顔はあまりデルちゃんに似ていないように思ったのですが、お話しながらずっと見詰めているうち、もう少しお顔をふっくらさせて髪の毛が長くてくるっと巻いていたら、デルちゃんにそっくりなのではと思えてきました。お兄さんは88歳とは思えないほどお元気で、昔のこともよく覚えていて、通訳をしてくださるジョス神父さまに申し訳ないくらい、いろんなことをお話してくれました。デルちゃんが、1955年に初めて来日する前、インドのお兄さんのところに寄って一緒にマザーテレサに会いに行ったことは、デルちゃんの本にも書かれているのですが、その時のことなどもよく覚えているようでした。
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 そして私に、どれを持っていってもいいからと言ってくださって懐かしい家族の写真をたくさん見せてくれました。上の写真はデルちゃんの本にも書かれてありますが、1943年にお兄さんがインドに行かれる前に、家族全員で集まる機会はもうあまりなくなるかもしれないからとお父さんが言って、みんなで撮った写真。一番上の左から3人目の男の子がデルちゃん、その隣がお兄さんです。
いつもパイプを加えていたという、かっこいい、若いころのお父さんや、神父になったばかりの若いころのデルちゃんの写真もありました。
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 私も日本から持ってきたデルちゃんのお通夜とお葬式のDVDを差し上げ、一緒にそこで見ているうちに、それまで饒舌だったお兄さんは涙ぐまれてハンカチを取り出し、私も涙が止まりませんでした。デルちゃんもお兄さんも、本当に愛情豊かな両親、兄妹に育まれて天性の優しさと才能を伸ばしていったのだと思います。結局、何時間も修道院にいて、夕ご飯もごちそうになって帰りました。いつも私の手足になってくださるジョス神父さまには本当に感謝しています。来週にはデルちゃんの故郷、コルトレイクにも一緒に行ってくださる約束をして別れました。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2011-11-23 05:44

ブリュッセルの古い教会

 昨日の日曜日は、1970年代に高知の教会でデルちゃんと一緒に住んでいたことのあるデフロイト神父さまの御ミサに与るため、ブリュッセルの南の方にある教会まで、今泊まっているルーベンの町から汽車とバスを乗り継いで行ってきました。
 
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 もっと小さな教会かと勝手に思っていたのですが(ごめんなさい)、見るからに歴史の重みを感じさせるアンティークで素敵な教会。鐘楼は、町のシンボルのような大きな時計台になっています。外側にはとても古く、釘の痕が痛々しいキリスト像がありました。
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 1カ月前、私が最初にベルギーに来た晩にも空港まで迎えに来てくれたり、こちらでとてもお世話になっているデフロイト神父さまですが、司祭として御ミサをされているところを初めて見ることができました。ミサは全部フラマン語なので、さっぱり分かりませんが、この日の聖福音はマタイ25章の「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の1人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」とイエスが言われた場面。集まっていたのは30人ほどでしたが、御聖体拝領の前にはみんなで手を取って祭壇の前で輪になったり、とてもアットホームなミサでした。
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 神父さまの説明によると、この教会はSAINT DENIS教会といって、やはりとても古い伝統のある教会のよう。一番古い部分は11世紀に建てられ、そのほかも12〜13世紀のもの。中央のキリスト像もローマン様式とゴシック様式の間ごろのもので、パイプオルガンも17世紀のものなのだそうです。
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たくさんの由緒ありそうな宗教画も飾られていました。
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 ミサの後は、すぐ近くの司祭館でデフロイト神父さまと夜までゆっくりお話し、神父さまがオブレート会士として四国で宣教したころの思い出やデルちゃんとのエピソードなどを聞くことができました。デフロイト神父さまはベルギーに帰られて30年になるとは思えないほど、日本語がお上手で、とても懐かしそうにくつろいで話してくださったので、私もとてもうれしかったです。宣教師にとって、やはり宣教の地での想い出はいいことも悪いことも、すべてが忘れられない特別な日々の出来事であるのを、こちらに来て、ジョス神父さまやデフロイト神父さまとお話していて感じています。
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 最後にデフロイト神父さまが私のために買ってくれて一緒に食べたケーキの写真。とっても美味しく、忘れられない味になりました。
 
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 それと。デフロイト神父さまが昔、京都で買って今も一番気に入っているという日本語の色紙。「気は長〜く、心は丸く、腹は立てずに、人は大きく、己は小さく」という意味だそうです。
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by hirotomo0301 | 2011-11-22 00:13

日帰りでオランダへ

 ここベルギーのルーベンでとてもお世話になっているJos Bastiaensen神父さまの運転で、ルーベンから高速道路に乗り、ドイツに近いオランダ北部のpanningenという田舎町まで日帰りで行ってきました。今の季節、ヨーロッパの朝は7時だとまだまだ暗く、8時頃にやっと夜が開けてきます。
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 朝靄が立ちこめる中を太陽が徐々に上っていくのを見ながら、緑の平原の中を颯爽と走り抜けていく車。樫の木や、こちらでは木靴を作るのに使われるカナダという木々が一直線に植えられ、牛や馬が穏やかに草を食んでいる風景はベルギーもオランダもさほど変わりはありませんが、朝陽を浴びた景色はそれらを一層幻想的に見せてくれました。1時間ほど走って、オランダとの国境を通過。ヨーロッパでは高知から高松へ行くよりも近い距離でお隣の国に行けるのを実感しました。
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 さて、この日の目的は、Jos神父様の従兄で、神父様とはAdriaanという洗礼名も同じ、普段みんなから「Jos」という名前で呼ばれているのも同じというラザリスト会所属の神父様がご帰天され、そのお葬式のミサにお供させてもらうことでした。私がベルギーに来て以来、本当に親切にしてくださり、いつでもたくさんの心に残るお話を聞かせてくださるJos神父様は、7年前ベルギーに帰るまで、日本で約40年宣教に力を尽くされた方ですが、お亡くなりになったJos神父さまは、その一回り上の84歳で50年の長きにわたり、コスタリカやグアテマラといった中南米で宣教活動に身を捧げられた方。年下のJos神父さまにとっては、日本と中南米と離れていても、帰郷するたびに会い、神について、宣教について語り合った、とても尊敬できる親しい従兄だったそうです。
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 御ミサは神父さまの所属するラザリスト会のお御堂で行われ、たくさんの方々がお別れに来ていました。亡くなられたのは1週間ほど前のようでしたが、葬儀は少しでも多くの人が集まれるこの日まで待っていたよう。こちらでは、日本のように亡くなってすぐにしなければならない、ということはないようです。また、日本なら出棺の前には参列者が1人ずつ柩に献花をしにいく場面があると思いますが、こちらではそういう習慣はないようでした。私とJos神父さまは少し早い時間に着いたので、ミサの前に、柩の中のお顔を拝見することができました。私は生前、何のご縁もなかった方なのに、こうしてお葬式の場に立ち会うことができたことに不思議な神様のお導きを感じ、「長い間本当にお疲れさまでした‥」と心の中でお話しました。1927 年の9月4日生まれの神父様なので、デルちゃんとも1カ月ぐらいの歳の差しかない方です。今年の3月にデルちゃんと最後のお別れをした時のことも思い出しました。
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 葬儀の後は、みんなで墓地に埋葬へ。ベルギーでは火葬が多くなってきているようですが、ここでは土葬。お祈りを捧げた後、機械で柩を土の中へ下ろし、参列者の一人一人がお水と土をすくって掛け、生涯を宣教に捧げた神父様は安らかな眠りにつかれました。
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 この墓地には中南米やアジアやアフリカなどさまざまな国に宣教に赴き、最後は故郷で亡くなられた神父樣方が多く眠っておられます。本当にベルギーやオランダにはそういう方が多いのだなあと思って、Jos神父様にきくと、なんと1960年頃の最盛期にはベルギーだけで3万人の宣教師がいたそう。その方たちが今、みんな高齢になって、デルちゃんやシモンズ神父さまや、この日お墓に入られたJos神父さまら、次々と天国に帰っていっています。彼らが戦後の現代において、どんな思いで宣教師となり、派遣されたそれぞれの国で人々にどんな影響を残し、どんな思いで生涯を終えていったのか、伝えていきたいと考えながら、この日、オランダを後にしました。
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by hirotomo0301 | 2011-11-20 05:08

21年間続けた一地方紙の記者の仕事から足を洗い、2カ月半の世界13カ国周遊1人旅から帰ってはや半年。過去の日々を振り返りつつ、次の一歩を模索していきます。


by hirotomo0301
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