my very precious days ーHIROSUE TOMOKO

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初めての台湾〜3 続・感激の出会い

 坂本龍馬財団による台湾の旅。3日目は新幹線で約2時間、台北から台南へ向かいました。
 目的は、李登輝氏の次に控える台湾の重要人物の方々にお会いすること。最初は、台湾でコンビニや宅配事業をはじめあらゆる食品産業を手掛ける大企業、統一企業公司の林蒼生総裁を訪ねました。
 
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 大きな会社の入り口には「坂本龍馬財団御一行歓迎」の電光文字がきらめいていました。
 林氏は2代目ですが、創業者は松下幸之助氏、韓国のサムスンの創業者とともに「世界に3人の尊敬する経営者」の1人に選ばれたことがあるという台湾が世界に誇る企業のトップです。
 柔和なお顔をしたこの方も非常に親日的。いまの世界情勢と日本の役割、経営者としての心得などについてお話してくださった後、台湾料理の円卓を私たちみなと囲んでくださいました。
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 ここでもいちむじんやOTOGIのお2人がギターと歌を披露。林総裁は終止にこやかに耳を傾け、一人一人との名刺交換や握手にも気軽に応じてくださいました。台湾はどんな大企業のトップでも決して偉ぶる事がないようです。
    
 そして、次なる行き先は李登輝氏の盟友であり、奇美実業という、ABS樹脂(ていっても私にはあまりよくわからないんですけど‥)の世界ナンバーワンの企業を一代で築き上げた台湾の名だたる経営者、許文龍氏。氏は、「企業利益の3分の1は医療、文化、環境に還元すべきだ」というのが持論で、びっくりするのは、世界的に価値のある多くの美術品コレクションを集めた奇美博物館をつくって、誰にでも無料で開放していること。現在、新館も建設中で、それも出来上がり次第、台南市に寄付されるそうです。訪ねたときはちょうど亜熱帯の台湾特有のすごいスコールが降っているところだったので、雨に煙っていますが、屋外はこんな感じで彫像が並んでいました。
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 そしていよいよ博物館の中へ。案内してくれたのは奇美実業顧問の石榮堯(せきえいぎょう)さん(↓)。日本語は普通に堪能で、人柄の良さがお顔ににじみ出ているような方でした。
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 博物館の中は撮影はNGということでお見せすることができず残念ですが、ほんとになんて面白い博物館!!というのが感想。古今東西の素晴らしい名画があるかと思えば、日本の武士の槍や刀、さらにその次のコーナーは突然、世界の動物や鳥たちの剥製が何百体も(もしかしたら1000を超えているかも‥)あり、これは、特に子どもたちが見れば好奇心をかき立てられ、一生忘れられない宝物のような想い出になるだろうなあと思いました。
 写真をお見せできないのがかえすがえすも残念ですが、私がいちばん感動したのはやっぱり世界の楽器コレクション!! ご自身も名ヴァイオリニストの許文龍氏は弦楽器の名器はもちろんのこと、パイプオルガンと木琴とトライアングルとドラムが一斉に自動演奏を始めるピアノをはじめ、世界でおそらくここにしかないユニークで超貴重な自動演奏の楽器がずらり並んでいたのです!! その一つ一つの演奏を短い時間でしたが、石さんが聴かせてくれたので私は大感激しました。ほんとはもっとゆっくり聴いていたかったけど‥。
 そして、その夜は許文龍氏を囲んでの宴席。許文龍氏の含蓄のあるお言葉に耳を傾けながら、またまた美味しい台湾料理にお酒をいただき、瞬く間に夜がふけていきました。このときばかりはいちむじんらの演奏はなく、許文龍氏自らがヴァイオリンを奏で、それに合わせてギターやコーラスも台湾の方々が披露してくださってみんなうっとり。曲目は「故郷」や「荒城の月」「世界は二人のために」などみんなが知っている曲ばかり。全員が大きな声で歌い、中には涙している人もいました。
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 今回の旅でお会いした台湾の方々は李登輝氏にしても許文龍氏にしても、戦前の日本統治下で生まれた台湾人。歴史上、幾多の国に植民地支配されてきた台湾の悲哀の中に生きてきた人たちです。それでも李登輝氏が「私は22歳までは日本人でした」ときっぱり言われるように、植民地化した日本に対して遺恨を持っていないばかりか、許文龍氏が「日本の統治によって学校がたくさんできた。日本が教育に力を入れたお陰だ」「日本のお陰でインフラ整備が飛躍的に整った」と言われるように、日本に対して、日本人に対して感謝の気持ちを強く持ってくださっていることに、日本人として逆に感謝したいような思いがしました。
 そして、彼らのだれもが今の日本について「日本人の御しやすい、感化されやすい性格が悪い方に出ている。残念なことにリーダーがいない」(許文龍氏)「日台の関係を良くすることが私の使命。我々は新しい龍馬をつくりなおし、発見し、責任をもって教育しなければならない」(李登輝氏)と話し、これからの日本のことを真剣に考えてくださっているのが分かりました。
 許文龍氏は「日本人は台湾人を知らない。大陸の歴史を知らな過ぎる」というのもその通りだと思います。彼らの期待する「大衆を変えるようなリーダー」を見い出し、育てることに、私たち龍馬財団の一人一人が寄与しなければならないとあらためて痛感した旅でした。
 今日から毎日、台湾編、更新します。
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by hirotomo0301 | 2012-07-31 13:45

初めての台湾〜2 感激の出会い

 坂本龍馬財団による台湾の旅。続きを更新するのが遅くなりました。
 この旅の最大の目的は、そう、戦後の台湾の民主化を血を流すことなく進め、台湾の龍馬ともいっていい大人物、李登輝元総統の快気祝いに伺うことでした。龍馬をこよなく愛し、龍馬の船中八策を自らの指針ともしてきた李登輝氏は2年前、東京で日本に講演に訪れた際、どうしても桂浜の龍馬さんに会いたくなり、その翌日、夫人とともに急遽、桂浜へ来られました。そして龍馬記念館にも立ち寄られ、出迎えた森健志郎館長はその深い志、魅力あふれる人柄に心が沸き立ったと言います。そして、今年、李登輝氏が病気で手術をしたとニュースで知り、ぜひともお見舞いに伺いたいと電話したところ、もうすっかり元気になったので、それならどうぞ快気祝いに来てください、と言ってくださったのです。
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 台湾2日目の午後。緊張でこちこちになる私たち一行の前に、李登輝氏は待ちかねてましたよ、と言わんばかりに、満面の笑みで歩いて来られました。190センチはあろうかという背の高さ(本当は183センチのようです)、大きな体、大きな頭。真っ白いシャツをぱりっと着こなして、颯爽と現れ、真ん中の大きい椅子にどっかりとお座りになられました。
 李登輝氏は早くお話をされたいようでしたが、まずは高知から持ってきたお土産攻めに。台湾の国花であり、才谷家とも由来の深い梅の花を描いた絵や、帽子デザイナーの山本正子さんが李登輝氏をイメージしてつくったテンガロンハットなどなど。それに、ギターヂュオいちむじんの2人と、龍馬の手紙を歌にしているOTOGIの2人がそれぞれに想いを込めた演奏を捧げ、李登輝氏はにこにこと、また時にはじーっと耳を澄まして心から喜んでくれているのが分かりました。
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 そして、李登輝氏がいよいよお話をしてくださることに。ここでは長くは書きませんが、そのお話はご自身がいま、「20世紀は人類に何を与えたか。何を残したか」というテーマで論文を書いているところであることから始まり、龍馬について、「日本に黒船が訪れ、幕府がその対処に困っていたあの時代、まだ20歳にもならない龍馬が当時誰も考えなかったこと、つまり大政奉還ということを考えた」と評価。その龍馬に見習って「台湾においても無血の、静かな革命によって、独裁的な政治からの自由化を目指した」と政治家としての自らの歩みを語られました。
 さらに、幕末と今とを重ね合わせ、「龍馬は日本が黒船で困っているとき、日本がどうすべきかをはっきり示した。封建的な社会にあって自分の考えを遂行し、命を投げ出してやった。今も幕末と同じ。世界の秩序が崩壊し、国際的な問題となっているが、龍馬のような政治家は見られない。今こそ総理大臣になるために大臣になったような政治家ではなく、国際問題に対処できる龍馬のような人材に出てほしい」と力を込めて話され、日本について深く憂慮されているのが伝わってきました。
 病み上がりにもかかわらず、李登輝氏は本当にお元気な様子で、まだまだ話し足りないといったお顔。なんと、私たちにとってはサプライズの、夜の一席も設けてくれることになりました。
 ここでも李登輝氏は昼間の疲れも見せずににこにこと現れ、「秘蔵の紹興酒を持ってきた」と上機嫌のご様子。台湾の伝統料理を前に話は尽きることなく弾み、私たち龍馬財団の一行、1人1人と本当に親しく話してくださいました。元総統という偉大な、普通ならば滅多にお会いすることなどできないような方がここまで誰とでも気さくに接してくださるとは‥。「政治家」というだけで好きになれない人が多い私にとって、李登輝氏はその概念を打ち破る、本当に素敵な方。一目で好きになりましたが、間近でお顔を拝見し、お話を聴くほどに、なんて素晴らしい方なんだろうと感激しました。
 
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 李登輝氏は私ごときにも親しくほほ笑んでくださり、持って行っていた最新刊の御著書に、私の名前を「末広という名字はよくあるけど、広末は珍しいね」と言いながら、丁寧にサインもしてくださいました。李登輝氏は熱心なクリスチャンでもあり、私が聖書でいちばんお好きなところはどこですかと聞くと、「復活したイエスをこの目で見なければ信じないと言ったトマスに対し、イエスが『信じない者ではなく信じる者になりなさい』『見ないで信じる人は幸いである』と言われたところだ」と話してくださいました。この箇所に深い感銘を受け、ご自分も「見えないものを信じることのできる人間になりたい」と思われて受洗を決意されたそうです。洗礼名はトマス。「一国のリーダーたるものは信仰がなければならない」とも言われ、それは「一番に、孤独だから。私も孤独だった」と言われました。人智を超える存在を信じることが、人間としての奢りを持たないことにつながることも理由なのではないかと御著書などから思います。そして、「人間としていちばん大事なのはロマンスだよ」とも。最愛の夫人へのメッセージが込められているようで、本当に、愛情深い、優しい方なのだなあとしみじみ感じ入りました。
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 台湾龍馬会の方々の熱烈な歓迎もあり、美味しい紹興酒にワインも回って、会場は大盛り上がり。いちむじんも坂本登さんも台湾の方々も次々にマイクを握り、楽しい夜はあっという間に過ぎていきました。ここでも李登輝氏はまだまだ帰りたくないといったご様子でしたが、秘書の方に促されて仕方なく?お帰りに。一人一人と握手してくださり、大きく笑ってSPの方に守られながら階段を下りてゆかれました。
 本当に、温かい人柄が大きな体にみなぎった魅力あふれる偉大な方。李登輝氏にお会いできたことは素晴らしい神さまのお恵みと思います。お聞きした一言一言を忘れないようにしたいと思います。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2012-07-30 00:46

初めての台湾〜1 龍馬財団いざ台湾へ

 坂本龍馬財団の理事を務めている私(もちろんボランティアですーー)。財団代表理事の森健志郎館長が「おい、台湾に行くぞ」と言ってきたのは2カ月くらい前かな。「お金がないのでとても行けません」という選択肢は当然なく、お供することに。そして、とうとうその日がやって来ました!!
 旅の第一の目的は、台湾の民主化に大きな役目を果たした前相当の李登輝さんにお会いし、今こそ龍馬スピリッツを世界に発信すべきときだというメッセージを伝え、財団の名誉会員になっていただくという壮大なもの。そんな歴史上に残る大人物に私ごときがお目に掛かれるとは。光栄の限りです。
 というわけで、「嬉しくてふわふわしている」という館長(右)。台湾に到着し、郷士坂本家9代目の坂本登さんと興奮を抑え切れない様子でした。
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 李登輝さんにお会いするのは明日の午後ということで、今日はとりあえずみんなで観光に。蒋介石元総統を讃える中正記念館や、日本で言えば靖国神社に当たる忠烈祠に行き、22、23歳ぐらいの徴兵制による兵役に勤めている海軍や陸軍の兵隊さんの、中でも背が180センチ以上ないといけないなど、選ばれた精鋭の衛兵さんたちが、まるで鑞人形のように微動だにしない姿で、1時間ずっと警備に当たり、その後、時間が来て新しい衛兵さんと交代する儀式?を見学しました。なんだか北朝鮮のマスゲームのミニミニ版のよう。足や手をびしっと乱れなく歩を進める姿は異様だけれど、昔の兵隊さんは日本でもあんなんだったのでしょうね。
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 ではでは明日は正念場なので、今日はこのへんで。
 もっと身近な台湾の空気が感じられる内容については、またおいおいアップしていきますね^^人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2012-07-23 02:17

天空の郷の人生

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 遠く連なる山々、足下には棚田‥。梅雨空の下、どこもかしこも緑の、のどかで美しい風景が眼下に広がります。吉野川の源流域、土佐の山間にある本山町・高角地区。“天空の郷”と呼ばれるその場所は、きっと遥か昔から変わっていないだろう、そのままの姿で、人々を優しく迎えてくれます。
 ここ高角は、昨年秋、県立坂本龍馬記念館の20周年記念事業で、私たち母娘も一緒にアメリカに行ったメンバーの1人、県立嶺北高校3年生の大石すみれちゃんが生まれ育ったところ。そして、彼女の大好きなお父さんで、私の大学時代の友人でもある大石直哉君が先祖代々受け継ぎ、大切に守ってきた、高知県嶺北地方の宝物のような場所です。
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 大石君のご家族は、この、大きな大きなクヌギの木の下にある大きなお家で暮らして来ました。大学を卒業してから20年余り。大石君は大学の同級生だった最愛の奥さんと結婚し、二人の可愛い娘さんに恵まれ、そして、ご両親もともに一家で椎茸の原木栽培に精を出す傍ら、町会議員として町の活性化に情熱を傾けてきました。私とは、昨年、アメリカ旅行ですみれちゃんと一緒になったのをきっかけに再会したのですが、20年前と変わらない、生き生きと元気いっぱいの笑顔に、本当にいい人生を過ごしていることが伝わってきました。そして、すみれちゃんのことが、心配で心配でたまらず、二人の娘さんを本当に大切に思っていることが‥‥。
 それなのに。それなのに、今年5月のゴールデンウィークの最中、私と同じ、44歳で、あまりにも突然に、なんの兆候もなく、あっけなくその生涯は終わりを告げました。心筋梗塞でした。信じられない出来事は人生に多々あるけれど、それでもあんまりすぎる‥。ご家族の胸中を思うと、こうして文章にして書くことも辛すぎます。嘘やろ?と今でも言いたい。それでも、49日も過ぎた今日、あらためてお家を訪ね、大石君が今もそこにいるようなお部屋で、大学時代の思い出やすみれちゃんたちのこれからのことをいっぱい話し、大石君が娘たち同様、手塩にかけて大切に育ててきた「大石きのこ園」を見せてもらって、大石君のことをいま少しでも書いておこうと思いました。奥さんの美香ちゃんも許可してくれたので、このブログを読んでくださっているみなさんに、大石きのこ園と、大石君のことについて心にとめていてもらいたいと願って書きます。
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 上の写真は、この3月に取材を受けたという「TOSA国保だより」。「しいたけづくりが里山を守る『天空の郷』本山町のしいたけ」と題して、ご両親と大石君夫妻のとってもいい笑顔の大きい写真がフロントを飾り、山中での大石君のインタビューや、しいたけの写真もいっぱい載っていて3㌻にもわたって特集されています。出来上がった雑誌は、大石君が亡くなった後に届いたのだそうです。それも辛過ぎるけど、でも、このインタビューを受けている大石君の写真を見ていると、今にも声が聞こえてきそう‥。どちらかというと朴訥な喋り方の、照れ屋でシャイなところのある、それでいてとってもたくましい、まさに山の男でした。
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 何千本も山積みにされたしいたけの“榾木(ほだぎ)”。山に自生していたり、自分で植林したりしているナラやクヌギの木を1㍍ほどに切ったのが原木で、これに一つ一つ手で菌を植え込んでいくのがしいたけの原木栽培なのです。これを完全無農薬で行い、毎日毎日休むことなく、一つ一つの手塩にかけて育てたしいたけを摘み取り、生協などに出荷していた大石君。大黒柱を失ったハウスは遮光シートが掛けられているせいもありますが、寂しく見えました。きのこ園は、今、菌を植え込み済みの原木はなんとか出荷するものの、その後は閉鎖せざるを得ない状況にあるようです。私ごときの第3者が軽く言えることではもちろんないですが、大石君がここまでにしたきのこ園を続けていく方法はないものか、山里をこれ以上疲弊させないためになんとかできないのか‥胸が痛みます。

       ◇         ◇         ◇
  
  でもでも、希望はもちろんいっぱいあります。過度なプレッシャーを掛けてはいけないけれど、まさに、最愛のお父さんの血をそのままに受け継ぎ、「嶺北の龍馬になりたい」という大志を持って、昨年のアメリカ行きに応募し、県内の高校生の代表として堂々と米国の高校生たちとディスカッションしたすみれちゃん。「過疎化の進む古里、嶺北をもっともっと元気にしたい、そのために、勇気をもって外の世界に一歩を踏み出し、そこから活性化のヒントをいっぱい持って帰りたい」。その勇姿が、オバマ大統領の出身校であるハワイ・プナホウスクールに認められ、この夏休み、龍馬財団の最初のスカラシップ生として、ハワイに短期留学する事が決まったのです。日本の、地方の、しかも嶺北のような田舎(いい意味でです)の高校生の受け入れはきわめて異例のこと。生前、大石君は「本当にうれしい。自分の娘ながらすごい」と嬉しそうに話し、「すみれのことをほんとによろしく頼む」と何度も何度も言っていました。
 その留学を目前にしたお父さんの死は、すみれちゃんにどれだけの‥(これ以上は書くのも辛くて書けません)。それでもしっかりと前を向いて、1人、ハワイへと旅だって行きました。龍馬財団の小さなバッジをしっかりと胸に付けて。
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 一カ月ほどの短期留学ですが、きっと大きく成長して帰ってくることでしょう。すみれちゃん、お父さんはどこへ行ってもずっと一緒やし、もちろん龍馬財団のみんなもいつでも応援しゆうきね。あんまりプレッシャーに感じんでえいき、自分らしく、楽しんできてね。心からそう思います。
 
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 最後に、きょう、お土産にもらった、大石きのこ園の干ししいたけ。いちばん美味しい方法で料理してその味をずっと忘れないでいたいです。
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 そして。美香ちゃんが「直哉君がそこにいるから」という大石きのこ園のHPのアドレスを。http://ooishikinokoen.com/です。ぜひ、のぞいて、大石君の椎茸栽培への、天空の郷への思いを直に見て聞いてください。人気ブログランキングへ
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by hirotomo0301 | 2012-07-16 02:21

21年間続けた一地方紙の記者の仕事から足を洗い、2カ月半の世界13カ国周遊1人旅から帰ってはや半年。過去の日々を振り返りつつ、次の一歩を模索していきます。


by hirotomo0301
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